インナーファクト ランニングエッセイ
ライター江西祥都によるランニングに関するエッセイのシリーズです。
月二回更新予定。
学界を揺るがす新エビデンス!「走ると太る」
走るとカロリーを燃焼するから痩せる。
その通り。異論はない。
一日10km走れば大体500kcal消費する。1kg痩せるには約7200kcal消費すれば良いから、一月で約2kgも痩せる。
でもこれはあまりに机上の空論だ。実行は果てしなく難しい。
僕は行政が運営しているようなゆるいトレーニングジムでパートをしていて、主に事務を担当している。ジムの事務。ややこしい。
でも時々トレーニング室に呼ばれて、トレッドミルやエアロバイクのような有酸素運動の器具の扱い方を教えたり、走り方などを簡単に教えたりする。踏み込んだ指導をすることはあまりない。トレーナーの資格は持っていないし、専門的な知識を持ち合わせているわけではないからだ。
その日、トレッドミルで走り終えたばかりの利用者と雑談をしていた。彼はダイエット目的でこの施設を利用している。
この施設のトレッドミルは、走っていると消費カロリーに応じて、飴玉、パフェ、ラーメン、カツ丼などの簡素な食べもののイラストが表示される。
雑談の最中、「ここら辺に美味しいラーメン屋ってありますか?」と聞かれた。運動をしたし、お昼時ということもあってお腹が減ったのだろう。
比較的近くに二郎インスパイアの美味しい店があるが、下手するとカロリーは一杯2000kcalになる。痩せたいひとに薦められない。ラーメンは糖質もカロリーも高いので、ヘルシーなメニューもある定食屋を勧めることにした。
「いやー、ラーメンが食べたくなっちゃって。ほら、トレッドミルに表示されるでしょ」
その視点に驚く。トレッドミルに表示される食べものは、あくまでも消費カロリーの目安だと思っていた。彼は、走ったら「これが食べれる!」とモチベーションにしていたのだ。
僕はあくまでも高タンパク低糖質の食事を薦めるが、彼は「ラーメンの口になっちゃって!」と譲らない。
すごい……あのモノクロ画像を見ただけでそんなに食べたくなってしまうのか……これはもはや太る才能だ……
僕はせめてもの抵抗として、淡麗系のラーメン屋を薦めた。
それからここ半年ほど彼の姿を見かけていない。おそらくダイエットは頓挫してしまったのだろう。
僕は彼に何度も何度もこう言いたかった。
「走ると太りますよ!」と。
このパターンは腐るほどみてきた。ダイエットに失敗した利用者の屍は積み重なるばかりだ。
中途半端に運動をすると、食欲がより増して、消費カロリー以上に食べてしまってかえって太ってしまう(だけど適切にカロリーと栄養を摂れば筋肉がついて健康になり、体重も減っていく。健康目的なら全然OK。僕はダイエットよりこれを推している)。
「止まれ! 動くな! すぐに帰って白湯でも飲んでじっとしてろ!」
そう絶叫したいが何度も堪えた。理由は前述したようにここは一応トレーニングジムだし、僕はトレーナーではないからだ。
最適解は、「とにかく食べない」だ。摂取しなければ痩せていく。そこまで極端にならなくても、「いつも飲んでる清涼飲料水を炭酸水やお茶にする」、「小腹が空いたらお菓子ではなくプロテイン」など細かく習慣を変えると成功しやすくなる。
そもそも僕は、ある残酷すぎる結論に到達している。
それは、「走ると痩せれるひとは太っていない」である。
「走ると痩せる」は理論的にまったく間違えていない。でもそんなように自分を律することができる人間はそもそも太っていないのではないだろうか……
例外はもちろんある。僕はこんなエッセイを書いているくらいなのでランナーの知人は多い。走って20kg以上落としたひとを何人も知っている。でもそんなひとは本当に珍しい。 成功者に踏み込んで聞き取ると、成功の要因がわかってくる。
それは、「病的な執着心」と「習慣化」だ。
健康になりたいとか体重を落としたいみたいな漠然とした動機ではほぼ失敗する。切実さがまるで足りないのだ。成功の鍵は「狂気に片足突っ込んでいるレベルの動機」だ。思うに、腕が良いトレーナーはこれを引き出すのが上手いのではないだろうか。きっと利用者の隠された欲望やコンプレックスを引き出しているはずだ。
Tさんはダイエット目的で走り始めたが、同時にレースの楽しさにも目覚めた。トレランの第一人者である鏑木さんに憧れ、100マイルレースの完走を目指して日々走り込む。次第に身体は絞れていき、レースで入賞できるようになっていく。
YさんはSNSで意気投合した異性と会いたいと強く思った。しかし太った体型がずっとコンプレックスだった。痩せないと会えない。そう強く思い込んで走り込んでいくうちに痩せていく。食事はほぼ生春巻きしか食べない。
次第に周囲の視線が変わっていくのがわかる。明確に異性を見る視線を向けられる。本当はこれが手に入れたかったのかもしれない。結局、当初会いたかった異性はどうでもよくなってしまった。
このくらいの動機があると、もうひとつの要素である「習慣化」は容易い。習慣化は意思の介在が厄介で、とにかくやり続ける環境作りが重要になる。だが、むしろその強い意思が習慣化を強化してしまうことすらある。強固な意志は怠惰を簡単に凌駕してしまう。
かといって、「病的な執着心」なんて得ようと思って獲得できるものではない。というかそんなものは持たないほうがいい。
ふと、思う。
怠惰の権化みたいな僕がなぜずっと走り続けられているのだろう……
それは走らないと、持病によりメンタルが病んでいき、体調まで悪化していき、死に向かっていくと熟知しているからだ。
そんな僕のように切実な状況なんて、うらやましいと思うひとは誰もいないだろう。
だから僕は、ダイエットに失敗する人や走るのをやめる人を見て、羨ましいと思ってしまう。やめれる余裕がある。辞めてもその先に広がっている可能性は眩く見える。
それはある意味幸せなことなのではないだろうか。

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