インナーファクト ランニングエッセイ
ライター江西祥都によるランニングに関するエッセイのシリーズです。
月二回更新予定。
AIにランニングのトレーニングを任せて発狂する
僕よりはるかに走力が高いランナーがSNSでAIについて呟いていた。
トレランレースの表彰台経験者でも完走が難しいレースがある。彼はそのレースに向けてトレーニングを重ねているのだが、AIに相談すると「完走は余裕」などと言われたらしい。トレーニングプランも参考にしているようだった。尊敬している彼レベルでもAIを活用しているのかと驚いてしまった。
でも、「僕もやるしかない! トレーニングもAIの時代だ!」
……とは、すんなり腰は上がらなかった。
というか、AIにトレーニングプラン作ってもらうの怖くないですか?
僕は滅茶苦茶怖い……
なぜならAIをまったく信用していないからだ。どうしてこんなに不信感を抱いているかと言えば、執筆でまるで使いものにならないと痛感したからだ。
このランニングエッセイもAIを活用しようとしたことがある。おかげさまで1年以上、30回近く連載しているが、半年くらいで引き出しは空っぽになっていた。
とにかくネタが欲しかった。しかしAIさまに頼んでも陳腐なアイデアしか出てこない。50くらいのゴミアイデアの中からのひとつを選んで壁打ちしようとすると、「本文を書きましょうか?」と得意顔で提案してくる。頼むとさらにゴミが量産される。僕はキレて、本文は絶対書こうとするなとスクリプトを打ち込んでいた。それ以降も僕の過去作をすべて読み込ませたりと試行錯誤したが、AIを使いこなす前に心が折れてしまった。
僕は悟った。
AIに執筆の舵を取らせたら仕事がなくなって死ぬ。
トレーニングも同じだ。こんなやつの言うとおりにしたらきっと怪我をして走れなくなる。いや、物理的に死ぬかもしれない。
そんな恐怖があったが、なにせネタがないという事実は揺らがないので、試しにやってみることにした(初めてAIが役に立った!)
約4ヶ月後に開催されるトレランレース、ONTAKE100(夜中の0時にスタートし、林道を100km走る)に向けてのトレーニング方法をAIに聞いてみる。このレースは毎年出ている。過去20位が最高成績だが、10位以内に入るにはどんなトレーニングをすれば成し遂げられるのだろうか。
とりあえず、ざっと僕のプロファイルと現状を伝える。
身長、体重、年齢、最大心拍数、最近の練習結果をいくつか、過去のレース戦績、過去にONTAKE100を走った際の各種データを思いつく限り入力した。
レースまでの基本メニューが表示される。
僕の与えたデータはきちんと反映されているようで、そつなく、無難にまとまっていた。別の言い方をすれば、はっきりいって物足りない。盲点だった僕の長所や短所が浮き彫りになったり、今まで考えもしなかったトレーニングがもう少し出てくると思っていたので落胆する。
AIは精通している分野のことを相談すると、マジで頼りにならない。凡庸なことばかりいってつまらない。既視感に覆い尽くされる。
逆に詳しくない分野のことを聞くと、馬鹿にもわかるように噛み砕いて説明してくれるので感心するばかりになってしまう。だがここに罠がある。
Twitterで、ひとつの分野に精通している著名人が良いこと言っていて、感銘を受けてフォローすることがある。後日、そのひとが僕の得意とすることに関して呟いているが、内容が突っ込みどころ満載だったりする。これはどういうことかというと、賢人でも専門外をいっちょ咬みするとボロが出るのだ。結局、専門外のことは凡庸なことしかいえない。でもそのひとの大局観や専門分野のフィルターを通した偏りが滲み出たりするのでまだ価値はある。
AIはこういったひとたちの得意分野抜きみたいな質の悪さがある。ネット中から検索して答えを拾ってくるので一見賢く見えるが、専門分野を持たないくせになんか偉そうで責任感もなくトレーニングする肉体すら持っていない。
気を取り直してAIと相対する。
僕はONTAKE100対策として、レースコースのサーフェスと似ている高尾山域にある小下沢林道をよく走っている。そこをEペースで四往復する練習をしていると伝えると、もう一段階上を目指すなら最後の往復をマラソンペースで押して、レース終盤の状況を再現しろとアドバイスされる。そうすれば終盤耐えて走ってるのを巡航に変えられるのだと。それができれば10位以内に入れる。この正論には頷くしかなかった。もちろん実行するのは困難を極める。
ひとつ疑問に思ったことがある。マイナーな小下沢林道を本当に知ってるのかと聞いてみると、webにある地図データやとあるトレイルランナーの個人ブログがソースとして示される。他にも僕の住んでいる家から通いやすい範囲で練習に適する林道があるか聞くと、的確に教えてくれる。残念ながら全部既知だったが、正直感心してしまった。その林道へのアクセス方法も詳しく表示された。AIはやはりこういった情報集めや雑用が強いと思う。
その後、AIのメニュー通りに小下沢林道を走ったものの、正確にメニューをこなすことに躍起になってしまい、軽い肉離れになってしまった。
AIは権威のあるダニエルズのトレーニング理論をベースに参照しているのは分かっていた。その理論だと高負荷トレーニングの割合は総走行距離の10%程度だ。僕は故障をしやすい。7%に抑えると途端に故障しなくなる。この壊れやすい特性を加味するのを忘れて過負荷になっていた。今年初めてのトレイルでのトレーニングだったので、身体が慣れていないのもあるだろう。もう少し丁寧に自分の身体をモニタリングするべきだったと後悔する。
僕は執筆――シナリオでも小説でもエッセイでもそうだが、とにかくユニークで、ひとと違うことを主張していなければ価値がないと思い込んでいた時期があった。この考えは間違いとはいえないけど、逆張りありきでねじ曲げて結論をだしてしまったりと弊害もあった。
結局、自分自身の裡にある憤りや違和感をしっかり見つめて丁寧に育てるしかなかった。そうすると結論は突飛なものではなくても自然と確固とした個性が現れる。
走るトレーニングもよく似ているかもしれない。
付け焼き刃なんて役に立たない。生まれ持った体質や今まで培ったトレーニングが残酷に反映される。自分の肉体の状況や個性をしっかり把握し、鍛えまくると自分を信じることができるようになる。レースではできないことはしないが、自分のすべてをさらけ出す。すると結果が付いてくる。
能力を伸ばすには自分の身体をいかにコントロールできるかがすべてだ。
そのためにはなにより基礎体力や怪我をしない肉体が必要になる。それにはジョグを積み重ねるしかない。すると試行錯誤する余裕が生まれる。
この膨大なトレーニング時間を確保するためにはどうするか。これが一番の肝と言ってもいい。
そのためにAIを使うのがベストな気がする。
面倒な雑用を処理してもらったり、やる気が出ない仕事を効率化して走る時間を作る。
楽しいことは人間がやる。つまらないことはAIにやらせる。
結局この考え方に落ち着く。AIが出始めた頃、みんなが言っていたことだ。
自分で考え、自分でやり、速く走れる肉体を作り上げていく。自分で選んだのだから、失敗しても納得できる。これ以上尊く、楽しいことはない。
なんか色々とAIへの違和感を書いた気がするけど、結局は、「おいAI! 肉体すらねーのに偉そうに指図するんじゃねーよ! せめて脚生えてからアドバイスしろ!」と叫びたかっただけかもしれない。

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