ランニングエッセイVol.20「旅先に日課のジョグを落とし込む」

インナーファクト ランニングエッセイ
ライター江西祥都によるランニングに関するエッセイのシリーズです。
月二回更新予定。

旅先に日課のジョグを落とし込む

 僕は頻繁に旅行するほうではないし、その行為がそこまで好きとは言えない。
 だけど、先日イスタンブールに一週間ほど滞在し、ようやく自分が旅行に何求めているのか、どんな旅を好むのかがすっと腑に落ちた。
 それは、滞在先でなるべく日常を再現することだ。環境がまるで違う中、ルーチンを持ち込んで再現できるように試行錯誤する。そうすると、旅先の環境の違いがより浮き彫りになり、現地の生活を垣間見ることができる。それによってその土地や風土との一体化をはかることができる。
 具体的にどうやるかと言えば、僕の場合は、「朝起きてランニングをして仕事をして食べて寝る」このルーチンをなるべく再現することだ。
 これは、現地の美術館や博物館へ行って歴史を学ぶような、地に足がついたような観光と平行するとバランスがとれるような気がする。

 イスタンブールに滞在して数日が経ち、その環境に慣れ始めた僕は、いわゆる観光地での観光を休み、GoogleMapを開いて日課のランニングコースを考えていた。
 走りやすいようになるべく人通りが少ない川や海沿いが良い。数日前、海岸沿いに南へ3kmほど進むと猫がやたら沢山いる公園を見つけた。その桃源郷は絶対にコースに入れることにする。
 イスタンブールは猫の街だ。50m進む毎に猫がいる。路上、ベンチ、車のボンネットの上、改札機の上、あらゆる場所にいる。想像もできないような場所にいる。そして皆平和に、緊張感なく、だらけきった表情を浮かべている。人間との信頼関係が強固なのだ。
 僕は猫を見かけるたびに構ってしまうのでランニングにならない。その猫公園を除いて、あえて猫が少ない道を選んだほうがいいのかもしれない……
 当然だが、こういった計画は今住んでいる場所では確立されきっているのでもうできない。これは旅先ならではの贅沢なのかもしれない。

 朝6時過ぎに街をアザーンが包み込む。アザーンとはモスクへの礼拝を呼びかけるイスラムの幻想的な唄だ。この歌声に叩き起こされるのは最高に異国の風習に振り回される感じがして心地がいい。
 起床して、地元スーパーの量り売りで買った野生の味がするリンゴを食べ、トルコのソウルドリンクであるアイラン(飲むヨーグルト)を飲んで走り出す。
 まだ静かな石畳の街を駆け抜ける。川沿いに走り、海に合流し、海沿いに走って、猫の桃源郷ことフェネルバフチェ公園内を一周する。それから時計を止めて、思う存分猫と戯れる。
 いつの間にか10匹近くの猫に取り囲まれていた。ベンチに座ると我先にと膝の上に乗ってくる。猫たちは膝を譲り合って二匹並んで綺麗に乗っている。こんなことで喧嘩は発生しない。一匹、チャレンジ精神旺盛な猫がいて、「詰めろ! 我もいける!」と乗ってきて、三匹膝乗りが完成して笑ってしまった。こんな光景は日本では考えられない。気づくと一時間以上が経過していた。

イスタンブール名物三匹膝乗り


 帰路。猫は十分補給しているから道端の猫は無視できた。狙いどおり、ホテル近くまで帰るとちょうど10kmくらいだった。明日は15kmのコースを作って走ってみよう。
 近くのメネメン(トルコ風スクランブルエッグ)屋へ行く。髭面の店主に、美味しかったからまた来たというと「憶えてるよ、日本人」とサービスのチャイを差し出される。温かいチャイが胃に染み渡る。前回はユムルタというまた別の卵料理も頼んでしまい、腹一杯でしばらく動けなかった。今度は挽肉のメネメンだけを頼み、バゲットとともに食べる。
 ホテルに一度帰ってPOMERAを持ち、カフェで原稿を書く。このカフェは公営で安く、人もまばらで落ち着く。こんな場所でもコアなオタク向けのノベルゲームのシナリオが書けてしまって驚く。昼すぎにアザーンが響き渡って我に返る。原稿を切り上げ、気晴らしに近所のモスクへいって地元民と一緒に礼拝する。本気でサジダをしてみる。

 夕方にトンビリ像を見に行く。肘を突いた優雅そうなポーズの猫の銅像が建っている。

トンビリ像と地域猫

 この猫は生前、このポーズでずっとここに佇んでいたらしい。この像を撮影していると5匹以上の猫に囲まれていた。遊んでくれとせがまれて相手をすると手のひらは傷だらけになってしまった。暗くなってくると街はふたたびアザーンに包まれる。
 地元のスーパーへ行ってトルコのビールとつまみのチーズを買ってホテルへ帰った。

 この一日を繰り返したいかどうか。
 繰り返したい。
 そう強く思い、その地を去りたくないと思えたら、その旅行は最高なのだと思う。

江西 祥都江西 祥都

江西 祥都

ゲームやCMの脚本家、小説家、ライターです。 引き籠もって執筆中にあまりのストレスで山に逃走。山でも走り続け、後にこれがトレイルランニングだと知る。 現実逃避をし続け、今ではフルマラソンサブ3、100マイルトレイルレース上位5%のリザルトに……。沢登りやクライミングもします。 ライティングの依頼がありましたらお気軽にお問い合わせください。

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