インナーファクト ランニングエッセイ
ライター江西祥都によるランニングに関するエッセイのシリーズです。
月二回更新予定。
なんのために走ってるんですか?
「なんのために走ってるんですか?」
そう何度か問いかけられたことがある。正直、かなり返答に困る。
これはほぼ同じ意味の「どうして走ってるんですか?」も含めたい。
周囲のランナーもこういった事態は多いらしい。ランナーあるあるなのかもしれない。
勤務先の帰りに、ランニングウェアやシューズに着替えて帰宅ランしようとしたら同じ会社のひとに見つかり、後日、「走るの趣味なんですか? どうして走ってるんですか?」みたいに話しかけられるのが王道パターンな気がする(僕は社会不適合者なので会社員の環境がよく分かっていない。想像だ)。
どう答えるのがベストなのだろう。
僕は本心を答えてしまうとドン引きされると確信しているので、表向きのさらっとした回答を用意している。
あれこれと書いて思索を巡らせるけど、これといった答えは見つからない。
悩んでいたら、デスクの近くに知人のYMさんがやってきた(この原稿は共用スペースで書いている)。
彼は四十代前半の男性で身長180cm越えのイケおじだ。元商社マンで世界を飛び回っていた。ギターが趣味で先日、500人キャパの会場でひとりで演奏している。
彼はスポーツをする習慣はない。散歩くらいだ。ランニングの知識はあまりない。だからいいサンプルになるのではと思い、捕まえて話題を振ってみることにした(我ながら酷い)。
「僕に「なんのために走ってるんですか?」みたいな質問したことってありましたっけ?」
「いや、ないと思います。仲良くなってランニング関係の原稿を書いてるのは知っていたから、疑問にも思ってなかったです。私もウォーキングの相談して教えてもらったりしてますし」
僕は残念に思いながらも、もし目の前のひとがランナーであることが分かり、「なんのために走ってるんですか?」と話しかける場合、どんな意図があるか訊いてみた。
「まず、相手に興味がないと訊かないと思います。あとそんなに深く考えてないですね。話の切っ掛けになればいいな程度かも。私は単純に「不思議」だから答えを知りたいのかもしれないです」
この「不思議」を詳しく教えてもらった。ランナーがミステリアスな存在だから実態を知りたいという好奇心からきているようだった。
YMさんの答えは、大方予想していたとおりだった。
僕は先日、知人から「どうして走ってるんですか?」と問いかけられた。
彼は主に小説を書いている作家だった。文筆業をしている人間はどちらかというと運動が苦手なひとが多い。だから単純に興味を持ったのだと思う。
彼はそんな僕に対して好意的だった。毎朝規則正しく走る生活をしている僕を褒めていた気もする。職業病なのだろうけど、走ることの楽しさを聞き出そうともしていた。少なくとも走ることに対しての偏見は持っていなかった。
このエッセイを読んでいるひとの周囲も状況は違えど(会社勤めだったりして)同じような感じだと思う。軽蔑や悪意をもたれることはあまりないだろう。それというのも、「走る」という行為はマイナスイメージを持たれにくいからだ。自身を律するストイックなイメージすらもたれている。
僕はこのとき「走るとめちゃ気持ちいいんです。健康維持です。毎日のラジオ体操みたいなものです」みたいな返答をした。これはほぼそう返すと決めている。嘘ではないし、頑張っている感じやストイックさが出ないからだ。卑屈さも出ない。やはり自分がどう思われたいかを簡潔にあらわすにはどうすればいいのか考えておくのがいいのかもしれない。
僕は次にYMさんにこんな質問をした。
「もし、「暇つぶし」で走ってるって言われたらどう思いますか?」
僕は以前、SNSでこの話題をつぶやいたことがある。すると、返信をくれるひとがいた。印象的な回答だったのが「暇つぶし」だった。
確か僕がゲストで出たポッドキャストでもこのような話題が出て、そこでも「暇つぶし」のひとがいた。結構多いのかもしれない。僕はそのひとを、極まってるランナーだなと思った。それと同時にこのひとはコミュニケーションを拒絶しているのでは? とも感じて正直印象はよくなかった。漠然としすぎている。実際、何度もこの質問に遭ってうんざりしているのかもしれない。
前述したが、世間一般ではランニング趣味はストイックだと思われがちだ。苦行だと思い込んでいるひともいる。そんなことを暇つぶしでやっていたら完全な変人だろう。ランナーはやはり変わった価値観を持っていると思われてしまいそうだ。こうなるとランニングの世界が閉じていく感じがしてなんだか嫌だ。
険しい表情で熟考していたYMさんが口を開いた。
「うーん……すかしてるって感じるかも」
詳しく真意を訊いた。
きちんと答えてくれていると思えない。はぐらかされている。ただでさえ実態が不明なのに、まるで違う次元に行っているように感じる。とりつく島がない。
そんなふうに感じたようだった。
僕が感じていた違和の輪郭をはっきりさせてくれて嬉しく感じた。
「本当にそう思ってるんですかね。本心を話してくれたほうが嬉しいですけどね。こっちが最初に訊いてるんですし」
「僕の本心を話してみてもいいですか?」
僕の本当の走る理由は、「やめられないんだ! 走らないと休んだ罪悪感から体調まで悪くなってくるんだ!」である。
もし朝走らなかったら、その罪悪感が一日中続いてしまう。
朝走って身体を目覚めさせ、体温を上げ、脳をアイドリングし、身体を仕上げて3時間くらい執筆する(なまけ者なので別に集中できてるわけではない)。
このパターンを崩したくない。
僕は仕事はなるべくしたくない。だらだら映画を観て読書して過ごしたい。だから仕事の質を走ることで高めて一気にこなしたい。
走ることをサボると仕事だけではなく、生活すらきちんとできていないことになる。
僕は典型的なランナー体型だ。レースを走ればそれなりの順位やタイムでフィニッシュできる。だからよく、私生活も仕事も充実していると勘違いされてしまう。実情はなまけ者の脳内麻薬ジャンキーだ。ランニングをして脳内物質をドバドバだしている。ドラッグを続けていくと病んでいくが、走るとなぜか体力が付き、体調も良くなる無限装置だ。効率がいいし、金もかからず、ずっと持続できる。だから絶対にストイックではない。強迫観念と気持ちよさに支配されている。ただの天然素材の野生のヤク中だ。何度も言うが絶対にストイックではない。本当に勘違いしないでもらいたい。
こんなことを早口で捲し立てた。
「いいですね」
そういうことを聞きたかったのだとYMさんは笑っていた。表向きの答えよりよほど興味深いと言ってくれた。
実際、僕に対してストイックなイメージを持っていたようで、実情が知れて面白かったと言ってくれた。
僕も肯定してもらえたのかもとあたたかい気持ちになれた。
この会話でYMさんとの距離は相当縮まったと思う。
こんな会話を「成功例だからみんなこれをやれ!」とは言えない。相手との関係性が重要だからだ。
そんなに相手を好きじゃなかったり、興味がない場合もある。
でも、本心の答えはある程度用意しておいて、話したいと思えたなら、誠実に答えるのが良いのではないかと思う。結構みんな聞いてくれるのではないだろうか。
そうすると自分の世界もランニングの世界も広がっていくのかもしれない。

どうして走ってるんですか?
と問いかけられたら…
私は53歳のランナーですが、単純に早くなりたいからと答えます。
40歳頃から始めて、2年前がピークだったかも思いつつ、練習の仕方によっては、タイムが縮まる可能性があるなということに最近気づき、練習 内容を変えつつ、下向気味だった タイムが、伸び始めてきたので、また新たな 楽しみを見つけたところです。もうすぐ54歳になりますが、まだ進歩できる可能性があることに、わくわくは 止まらないです。自分自身を ランニングにおける人体実験の 標本 だと思って 毎日楽しんでいます。
速くなりたい!は王道だと思います。そして中高年から始めるランニングは伸びしろが多くて面白いですよね。
最新のエッセイはランニングと老いについて書いてみたのでぜひ読んでみてください!