ランニングエッセイVol.14「トレランは雑魚! 全然すごくない!」

インナーファクト ランニングエッセイ
ライター江西祥都によるランニングに関するエッセイのシリーズです。
月二回更新予定。

トレランは雑魚! 全然すごくない!

 僕は時々トレーニングジムでパートをしていて、トレッドミルなどを使った有酸素運動の簡単な指導をすることがある。トレーナーの資格をもっているわけでもないので、専門的なことは言わず、「2kmも走れたんですか!? すごい! 天賦の才能!」などとゆるく励まし続けている。
 教えていると、マラソンや陸上の選手経験があるのか質問されることがある。僕は正直に「あんまりないんです。山をよく走ってます。トレイルランニングが趣味なんです」と答えている。
 利用者は基本的に走ることに興味があるので、結構トレランを知っている。
「山を走るなんてすごいですね」
 反応の大抵はこんな感じだ。
「いやー、全然すごくないですよ」
 謙遜じゃなくて本気でそう思っている。
 この「すごい!」という利用者の中には、トレランを壮絶に勘違いしているケースが多い。
「酸素吸いながら走ってますよね。過酷すぎて想像できないです」
 さ、酸素!? 標高8000m超とかの高山を登る登山者は吸ってるけど、それと間違えてるのかな……
 酸素なんて吸わないと否定して、よく話を聞いてみると、水を補給するハイドレーションのチューブを酸素と勘違いしていた。
 そんな調子で、そもそもほとんどのひとは「山」の解像度がおそろしく低い。
 突っ込んで話を聞くと、高尾山の踏み固められた登山道を山中だと思っている。そこから一歩外れると、藪が生い茂っていて、一歩進むことすら難儀するなんて知らない。そして、もうひとつの山のイメージは、エベレストのような高い雪山だ。あとは、富士山の登山道はメディアでよく発信されているのでイメージできるひとは多い。大体この三パターンになってる気がする。

 脱線していた話を戻そう。
 僕はトレランを本当にすごいとは思っていない。そもそもみんな実情を知らなすぎる。
 トップ選手がすごいのは事実だし、500kmくらい走る過酷なカテゴリーがあるのは確かだが、そんなのは本当にごく一部に過ぎない。全体的に相当ゆるいと感じている。

 まず、マラソンやトラックランナーの走力には到底及ばない。
 マラソンでサブ3の知人がトレランのレースに出てみたら、あまりに周りが歩いているので驚いたらしい。
 ちょっとした登りで歩く。少し傾斜が強くなったらもちろん歩く。平地ですら歩いている。下手したら下りでも歩いている。
 花形と言われている100マイルレースになるとその傾向はさらに顕著になっていく。制限時間が長いので、全部歩いても完走できるレースがあるくらいだ。
 その知人は「走るためにエントリーしたのにやる気あるの?」と不思議そうにしていた。マラソンランナーは「歩いたら負け」というストイックな精神が擦り込まれているからだろう。先日、85歳でフルマラソンを完走した老人のインタビュー記事を読んだら、500mしか歩かなかったと書いてあって、素直に驚いてしまった。
 僕はといえばすぐ歩くトレイルランナーの気持ちがよくわかる。僕も最初はそうだったからだ。マラソンのストイックさが嫌で、競争も好きではなかった。なので最初に出たレースはトレランレースだった。そのすぐに歩く集団ハイキングのようなゆるさに救われた。これなら続けてみようかなという気になれた。

 トレランはマラソンと比べると競技人口は圧倒的に少ない。そこからレースに出場しようとするひとはさらに少なくなる。
 よく誤解されるが、トレランはマラソンの上位互換ではない。分かりやすく言えば、マラソンの走力があるからトレランにステップアップするわけではない。どちらかというと、ハイキングからトレランに興味を持つひとのほうが多い気がする。
 マラソンでもし好成績をおさめているならその場所で満足して活躍している。どちらかと言えば、マラソンは層がおそろしく厚いので、活躍するためにトレランに都落ちしているケースは多いのではないだろうか。そしてレースに出てみたら入賞、下手したらいきなり優勝してしまい、トレランにはまるひとは多い。人間、褒められたら誰だって嬉しい。

 SNSで「トレイルランナーは走力から逃げている」と指摘する発言が散見される。発言者はもれなく前述したようなマラソン、陸上あがりのストイックな輩だ。
 なんだよ偉そうに! 都落ちしてきたくせに!
 まあ、端的に舐められているのだが、まったく悔しくならない。完全に的外れだからだ。彼らは向上心がありすぎるあまり、トレランを勘違いしているのだ。トレラン勢は最初からやる気がない。おっさんばかりなので元気もない。
 そもそも、そんな向上心旺盛に生きていたら疲れ切ってしまうのではと逆に心配になる。僕は生きる意欲すら希薄で、座右の銘のひとつが「競争しないこと」だったりする。単純に疲弊するからだ。「競争しなければ!」と思ったとき、一度冷静になってほしい。大抵は社会構造的にそう仕向けられているだけだ。じっと堪えて、そのやる気は本当のやる気か検討しよう。アンガーマネジメントの「6秒間堪える間に適切な怒りをマネジメントする」理論と同じように、冷静にやる気を俯瞰視できれば安寧が訪れるはずだ。
 僕レベルになると「常識だ!」すら怪しんでしまう。常識を勝手に作り、蔑んだり、危機感を煽らないでほしい。僕は僕のペースでやる。頼むから放っておいてくれ……

 そんな腑抜けに分類されるであろう僕のようなやつでも、こつこつと14年もトレランをしていると、いつの間にか上達していて、100km超のトレランレースで表彰台に立てたりする(このくらいの距離になるとマラソン上がりのやつらはなかなか入ってこない)。
 つまり、僕のような、のほほーんとしてるやつよりさらにのほほーんとしているやつのほうが多い。トレラン界隈は向上心のない僕が「お前ら、やる気を出せ!」と叫びたくなってしまうほどのんびりしている。
 これはマラソンでは絶対に不可能な現象だ。マラソンは層が厚すぎて人生を捨てても入賞できない。一方トレランは市民……いや、庶民ランナーにもチャンスがある。なんて神バランスのスポーツなのだろうか……

 トレランは山を走るといっても基本的に整備、管理されたトレイルを走っているだけで、あくまでもハイキングの延長だ。フリークライミングのように危険ではない。沢登りのような冒険的要素もない。だから死の危険性はほとんどない。本当に気楽で、リラクゼーションの領域に近い。
 このゆるさは長所としてとらえている。圧倒的に続けやすい。僕が14年も走れているのはこのおかげだろう。色んなジャンルの良い部分だけを寄せ集めて、きつくなりすぎないバランスになっている。

 散々トレランを下げることを言いまくるつもりだったけど、結局擁護している自分に驚く。パートナーに日々不満を感じているが、結局別れずに一番愛している。そんな感情に近いのかもしれない。

江西 祥都江西 祥都

江西 祥都

ゲームやCMの脚本家、小説家、ライターです。 引き籠もって執筆中にあまりのストレスで山に逃走。山でも走り続け、後にこれがトレイルランニングだと知る。 現実逃避をし続け、今ではフルマラソンサブ3、100マイルトレイルレース上位5%のリザルトに……。沢登りやクライミングもします。 ライティングの依頼がありましたらお気軽にお問い合わせください。

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