ランニングエッセイVol.22「仕事が効率よく進むランニング術決定版!」

インナーファクト ランニングエッセイ
ライター江西祥都によるランニングに関するエッセイのシリーズです。
月二回更新予定。

仕事が効率よく進むランニング術決定版

 数ヶ月前、同業者Kさんと意気投合し、公園で一緒にランニングをすることになった。
 Kさんは3万部以上売れている仕事術の本を書いているが、本業はみずからアプリ開発をしている経営者だ。なんでもできてまだ三十代半ばと若い。おそらく人生二周目のチーターだろう。初期パラメーターも高そうだ。
 公園の待ち合わせ場所に彼がやってきて挨拶を交わす。
 彼はネットの写真のとおり爽やかなイケメンなのだが、どことなく陰があり、「ああ、やはり僕と同類の匂いがする」と失礼ながら少し安堵してしまった。彼はゲームや映画や本に詳しく、一日の大半はそれらを楽しむ時間に使っている。だから気が合ったのだろう。一日に働く時間は3時間程度。これも僕とほぼ同じだが、その年収差は多分10倍以上ある。その能力差はいかんともしがたいが、なんとかすぐに役に立つ裏技的なものを授かり、その恩恵にあやかって大儲けし、来月あたりにFIREしたい。

 一緒に走り出す。そのフォームは安定していて息も乱れていない。
 おそろしく話が弾む。大半は執筆や映画の話をしていたが、ランニングの話題も盛り上がった。
「Kさんって毎日5km走ってるんですよね。もっと走りたくなりません? そのくらいから気持ちよくなってくるじゃないですか」
「そうなんですよ! でもそのくらいの距離で頭回るようになるんで十分なんです」
 彼は有酸素運動をすると頭が回り、仕事が円滑に進むと知っていてそれを実践している。彼は朝に起きるとすぐさま走って仕事に取りかかる。距離が5kmなのは、彼の言葉通りそれで十分だからだ。走り終わった後のシャワーと着替えを含めると1時間弱ほどなので、時間の負担は少ない。
 彼はランニングが好きだ。それは著作からも、こうして走る姿を見ていても伝わってくる。マラソンレースも走っていて、4時間程度で完走しているらしい。でもランニングに入れ込みすぎない。あくまでも重要なのは仕事なのだ。
「そのバランス感覚ヤバい! 僕は15km走らないとやった気がしないです。少し疲れるくらいがいい」
「だから疲れたくないんですって。私が15kmも走ったらそれで一日終わっちゃいます」
 彼は確かに笑っていたが、今思い返すと呆れ笑いだったのかもしれない。

 彼とはその後、軽く飲んでから別れた。
 彼と話してみて、自分のバランス感覚のなさが浮き彫りになり、少なからず自省していた。その深い溝を直視していると鬱になってくるほどだ。
 彼の言うとおり、一日5km、30分ほど走るだけでいい。頭が回って書けるようになる。日常生活を送る上で有利になる体力もつく。なにより健康に過ごせる。
 ふと、村上春樹を思い出す。彼は日本の代表的な小説家だが、ランナーとしても有名だ。ランニングのエッセイも出版している。
 彼は一日10kmほど走る。気分が乗らなければ走らない日もある。
 マラソンはサブ3.5、ウルトラマラソンは11時間とかそのくらいのタイムだった気がする。
 マラソンはサブ3、ウルトラマラソンはサブ10からが上級者だろうか。それを達成しようとすると、相当な走り込みをしなければならない。自分の弱点を見極め、きついトレーニングもしなければならない。そうすると、どうしても生活の中で走ることの比重が高くなってしまう。
 村上春樹は、運動音痴なわけではないだろう。きつい走り込みをすれば達成できるのにあえて本気をだしていないのだ。ランニングはあくまでも書くための補助にすぎない。生活の中の彩りのひとつだろう。そのスタンスはKさんにも当てはまるのではないだろうか。

 僕はこの連載で散々書いているように、うつ病のリハビリで走りはじめた。そうすれば健康的になり、書けるようになるかもしれないからだ。
 ランニングが習慣化し、ある程度体力が付いてきたところでセーブするべきだったのだろう。なのに、走るのが楽しすぎて自制が効かなかった。走る距離を増やしていき、100マイルレースを完走するようになると、次の目標を探し、マラソンではサブ3を達成した。
 僕は欲望を自制し、ストイックに練習してそれらの成果を上げたわけではない。書くより走るほうが楽しかった。辛い現実から逃げるように走っていただけだ。とりあえず現実逃避できる目標を設定し、それに向かって練習していれば心は安寧を保てるからだ。

 100マイルレースは過酷だ。走り切るには走力はあまりいらないが、身体の負担は大きい。完走すると寿命が2年くらい減ってる気がする。
 マラソンのサブ3以上のタイムを目指すトレーニングも同じようにきつい。陸上トラックでインターバルやレペティションをして高速で走っていると、口の中が切れていないのに血の味がする。高強度で地面を蹴り続けているので足元から細胞が壊れていっているのだろう。
 健康のために走っていたのに、いつの間にか己の肉体の限界に挑戦し、走ることで不健康になっている。
 この領域に踏み込む前に、自分の欲望を律し、さっと身を引くセンサーはなにより重要だと思う。 

 そもそもスポーツは、上達していくと死へと向かう傾向が強い気がする。
 登山なんて特に顕著だ。健康目的でハイキングを始めたのに、いつの間にかバリエーションルートを散策するようになり、クライミングや雪山に興味を持ち始め、死と隣り合わせになっている。

「走力なんて屁にも立たない。サブ4くらいでちょうどいい。毎日走る距離は5kmでいい。アホみたいに疲れるまで走るな! 欲望を抑えろ!」
 僕は自分にそう言い聞かせる。
 僕はこのエッセイを書くまで、月に1000km走ってみたいという目標があった。数ヶ月前に挑戦したのだが、10日で約300kmを走ったところで脚が壊れた。今度は徐々に脚を作っていきそれを達成したいと思っていた。そんな狂気を目標にしてたなんて信じられない。

 僕は間違いなく生まれ変わった! 村上春樹のようなベストセラー作家になる!
 ちょろっと走り、冷蔵庫にあるありあわせの食材でストラスブルグ・ソーセージのトマト煮込みを作り、よく冷えたシャブリを飲み、売れる小説を書くのだ。そして毎年、ノーベル文学賞受賞の電話に怯え続ける!

 それにしても不可解なのは、走っていると仕事ができそうみたいなイメージが社会に蔓延していることだ。この幻想を打ち砕きたい。
 これはそのほうが日本の労働観的になにかと都合がいいからだと思う。
 走ると丈夫になりメンタルも安定する。そうすると仕事を休まなくなる(日本人はとにかく無職に厳しい。だから働けなくなることを極度に恐れる。そのくせ経営者やお上に甘いので都合のいいように扱われてしまう)。
 だからランニングにかかわらずスポーツ全般はなにかとイメージが良い気がする。
 もしかするとこれは、運動に関わらず、「仕事の役に立ちそうな趣味全般」に言えるのかもしれない。
 例えば語学やプログラミングが趣味なら、仕事の役に立ちそうで印象が良い。
 逆に仕事の役に立たなそうな、風俗通い、マチアプ狂い、ギャンブル、飲酒などはイメージが悪い。僕はマチアプで女性を口説き落としまくるのはすごいと思うけど(まったく向いてないので)、世間ではあまり評価されない。

 ふと、作家のイメージが良くなるような趣味はなんだろうかと考え、怖気が走った。
 まさしく、先ほど挙げた悪い例だったからだ。
 作家は不健康であればあるほど面白そうな気がする。破滅している姿に惹かれる。酒や向精神薬や咳止めシロップを浴びるように飲み、女にだらしがないほど味のある文章を書きそうな気がする。
 よく考えたら僕が好きな作家は村上春樹ではない。むしろスカしていて嫌いな部類だ。そもそも冷蔵庫に牛肉のソーセージやよく冷えたシャブリなんて入ってるわけないだろ! 冷蔵庫ごと爆発して西風に運ばれろ!
 僕は、中島らも、西村賢太、太宰治のような無頼派が好きだ。中島らもの酩酊しているような文章に惹かれる。西村賢太のDV描写に心が躍る。太宰治のようなユーモア溢れるヒモクズになって理想の女性と心中したい。
 ああ……僕はやはり破滅を望んでいるのだ。
 だから、死ぬほど走ることで破滅へ向かって突き進んでいた。
 小心者だから周囲に影響されまくってしまったが、そんなの無視するべきだったのだ。
 不健康になるほど走って、ボロボロになってその境地を書けばいい。
 手始めに月1000km走ろう。今思うと、そのちんけな目標に逡巡していた自分が心底情けなかった。

江西 祥都江西 祥都

江西 祥都

ゲームやCMの脚本家、小説家、ライターです。 引き籠もって執筆中にあまりのストレスで山に逃走。山でも走り続け、後にこれがトレイルランニングだと知る。 現実逃避をし続け、今ではフルマラソンサブ3、100マイルトレイルレース上位5%のリザルトに……。沢登りやクライミングもします。 ライティングの依頼がありましたらお気軽にお問い合わせください。

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