ランニングエッセイVol.21「陸上経験の有無とはなにかと考える」

インナーファクト ランニングエッセイ
ライター江西祥都によるランニングに関するエッセイのシリーズです。
月二回更新予定。

陸上経験の有無とはなにかと考える

 SNSで「マラソンでサブ3を目指しているが、陸上経験がなくても達成できるだろうか」と不安になっているランナーの発言をよく見かける。対になるように「陸上経験がなくてもサブ3を達成できた」という発言も散見される。
 僕は別に、サブ3をするには陸上経験が重要かどうかが気になっているのではない。この「陸上経験」の定義や、それが意味するものはなんだろうとふと考え込んでしまう。
 素人上がりでも入賞できる確率が高いトレイルランニング界では、レースで好成績を収めたランナーにインタビューする記事などで「陸上経験の有無」を訊いているケースは多いように思う。
 「体系的に陸上を学び、基礎トレーニングをしていたひとは一般人とは違う」という前提知識があるのだろう。そういった経験があるから速くて当然という因果関係があると安心できるのかもしれない。あえて一線を引きたい心理は理解できる。
 実際、一度身についた技術はしばらく休んでいても再開すると元に戻りやすい。これは身体面でもそうだ。一度身体を大きくしたボディビルダーは短期間で元に戻せる。素人が一から身体を作るのとはわけが違う。回路ができているかどうかは大きい。

 僕はといえば、陸上経験があると言っているひとを見ると心底羨ましいと思ってしまう。その走力の高さに憧れているわけではない。だから、凄いという感情とはまた違うような気がする。
 走るという行為の有用性を若年から感じ取り、それを追求し、走るという行為に全幅の信頼を置いた経験があるのではないだろうか。
 やはり、羨ましいという感情が一番しっくりくる。

 僕は子どもの頃から運動神経は良いほうだった。
 小学生の低学年では、50m走は速かったし、校外を走って校庭に戻ってくる2kmくらいのマラソン大会(当時は確かにマラソンと呼んでいた)では学年で10/130位くらいだったと記憶している。
 この成功体験があれば、走ることが楽しくなりそうな気もするが、そうはならなかった。とにかく苦しく、辛いというイメージが頭を支配するため、本当に苦手だった。僕は幼少期から脳筋寄りのバカなので、野生の本能に身を任せ、常に全力疾走していたのだろう。
 そんな僕に、ペース配分を教えてくれる教師はいなかった。記憶に残っているのは「二回吐いて二回吸う」だ。
 「ヒッヒー、スゥスゥー! ヒッヒー、スゥスゥー!」
 文字に起こすと間抜けで、某新興宗教団体の霊言のようだ。
 僕はこれを律儀に守り、益々呼吸困難になっていった。こんな滅茶苦茶な教えは、マラソンがそれなりに得意になり、サブ3を達成している今ではまったくやっていない。なによりも苦しくなる前にペースを落とすことが肝心だ。教師の教えはまったく役に立たないどころか害悪ですらあった。
 よく考えてみれば、義務教育の体育で、歩き方や走りの基本を教えてもらった経験がない。人間の基本動作なので誰でもできていると舐めきっているのだろう。

 中学ではテニスを始め、一年生でいきなり市の大会で優勝し、県大会で活躍したが、すぐに辞めてしまった。当時流行っていた格闘ゲームにのめり込み、ゲーセンに通って連勝の山を築いているほうが楽しかったからだ。

 それ以降、僕はぱったりと運動を辞めている。
 三十歳に差し掛かる頃に走り出したのは、どうやら「歩くことや走ることはとんでもなく有益なのでは?」と気づいたからだ。
 当時はシナリオライターとしてデビューして二、三年が経過し、ライトノベルを書いていたと記憶している。
 いつだって順調に書けたことなんてなかったし、常に貧困だったし、双極性障害やうつ病を患っていた。会社に勤められない社会不適合者で、文章を書くことでしか社会に関わることができなかった。かといって、書くことがそこまで好きでもなく、文才があるわけでもない。人生の全方位が塞がっている。これでは精神を病むのは必然だ。
 僕は書けなくなると気分転換によく散歩に行った。こうすると抗うつ剤漬けの頭の霧が晴れて書けるようになる。これは大好きな作家である筒井康隆のエッセイで知って真似していた。彼は執筆のために異常なほど散歩をする。

 どうして歩くとこんなに気分が良くなるのだろうか。脳が動いて書けるようになるのだろうか。僕はそのメカニズムを調べようと、答えを与えてくれそうな本を乱読していた。そうして出会ったのが当時話題になっていた「ジョン・レイティ / 脳を鍛えるには運動しかない」と「クリストファー・マクドゥーガル / Born to Run」だった。
 僕は有酸素運動に活路を見いだし、それどころか、異常な長距離を走るアメリカのウルトラランナーや南米の走る民族に憧れを抱くようになる。

 どうやら走ることは苦しいだけではないのかもしれない。
 僕はそれでも疑いながら、恐る恐る走っていた。ランニングへの不信感や嫌悪感が身体にこびりついていたからだ。それを払拭しながら走り続けることができたのは、徐々に成果を感じることができたからだ。脳の霧が晴れ、執筆できるようになり、身体は強靱になっていく。身体の土台ができてくると、精神的に余裕も生まれる。競技として走ることができるようになり、マラソンやトレイルランニングのレースに出るようになり、走力はめまぐるしく上がっていく。ついにはマラソンで3時間を切るようになっていた。
 こうなるまでに十年近くかかっている。マラソンのサブ3は本気で取り組めば2年もかからずに達成できると思っている。ならばどうしてそんなに時間が掛かったのか。それは運動神経が悪かったからではない。
 決定的な原因は、散々述べてきたように、走ることへの信頼感がなかったからだ。
 だから走ることの選択肢がまるでなくなっていた。疑いを晴らし、信頼を取り戻しながら向上させていくのは莫大な時間がかかってしまう。

 ここで「陸上経験の有無」の話にようやく戻る。
 陸上経験があるひとは、この信頼がある。
 不調に陥れば、身体を動かせば心身共に回復する。走ることから離れていても、じっくり時間をかければ健康な身体を取り戻せると知っている。そういった回路が備わっている。これは掛け替えのない資産だと思う。信じるまでに30年以上かかってしまった僕からすればそれはあまりにも眩い武器に見えてくる。

 僕は夢想する。幼い頃から走るという行為を信仰している僕を。
 もう少しマシな人生を送っているのではないかと思ってしまう。それほどまでに走るという行為に救われているからだ。
 どうして学校では、歩き方や走り方をきちんと教えてくれなかったのだろうか。これは健康の主柱になることだ。人生の命運を左右するかもしれない。これだけを3年間くらい――いや小学校の6年間みっちり教えてほしかった。テクニカルな競技なんていらない。そんなもの余裕があれば勝手に各々やればいい。
 走ることに高度な技術はいらない。ただ、時間は掛かる。でも継続すれば身体能力は上がっていく。フォームも自然とできていって楽しくなってくる。その成功体験を実感させてほしい。苦しいときに再び立ち上がれるように。
 だから、体育の時間にとにかく走らせてほしかった。決して苦しくならない思い思いのペースで。適当にとなりの街や気になっている楽しそうな場所へ移動するだけでもいいかもしれない。移動は楽しくそれだけで気分が上向く。
 走る必要はないのかもしれない。楽しく話ながら歩くだけでいい。ひとりで黙々と歩くのもいい。僕はグループランが苦手でずっとひとりで走っている。それはとても心地が良いことだ。
 とにかく苦しいイメージを植え付けないでほしい。走る行為を懲罰に絶対に使わないでほしい。部活動をしていたとき、ミスをすると校舎の周りを走らされた。あれは本当に最悪だった。
 競争なんてしなくていい。各人それぞれに目標タイムを決めて、嫌にならない範囲で頑張る。自分と戦う。それくらいだったら競うのもいいかもしれない。
 陸上経験があるひとは、おそらく走る競争をして勝ち、成功体験を得たひとだろう。そういった上澄みのひとだけが、走るという行為を続けているのは、あまりにももったいないと感じる。走るという行為はもっと自由に開かれているべきだと思う。

江西 祥都江西 祥都

江西 祥都

ゲームやCMの脚本家、小説家、ライターです。 引き籠もって執筆中にあまりのストレスで山に逃走。山でも走り続け、後にこれがトレイルランニングだと知る。 現実逃避をし続け、今ではフルマラソンサブ3、100マイルトレイルレース上位5%のリザルトに……。沢登りやクライミングもします。 ライティングの依頼がありましたらお気軽にお問い合わせください。

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コメント

    • 2025.12.16 7:44am

    PB3:25、サブ3を目指し始めて2年目のアラフォーです。中高大と走る系の部活には属していたものの、陸上経験はなく、同じく当時は走ることは苦しい辛い嫌と思っていました。ランニングを15年ぶりに再開し今ではどっぷり浸かっていて、自分でも何故そうなったのか分からないでいたのですが、見事に言語化されており「これだ!」と思いました。読みやすく引き込まれる文章で感動すら覚えました。

  1. 江西 祥都

    私の経験は特異ではないようで、ほっとしています。
    「これは自分のことが書かれてる」という感想は作者からすると一番嬉しいです。ありがとうございます。

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