インナーファクト ランニングエッセイ
ライター江西祥都によるランニングに関するエッセイのシリーズです。
月二回更新予定。
自転車との付き合い方(前編)
最近ロードバイクでよく実家に帰っている。入院している両親の世話をするためだ。
僕の住んでいる東京都の吉祥寺から実家がある埼玉県の中央部までは直線距離で40kmほど。実家に着くと事情が分かっている隣の住民が話しかけてきた。ロードバイクできたと伝えると、意味不明みたいな表情をされる。電車やバスを乗り継ぐより早いし楽だと言ってもまだ不可解な表情を浮かべている。
40kmという距離は舗装路を走ることに特化しているロードバイクにとって微々たる距離だ。少し漕ぐだけであっという間に25kmくらいまで上がる。東京を抜けるまで信号待ちは多いが、それでも2時間弱で着いてしまう。しかも負荷が少ない。毎朝15kmくらいランニングしているが体感は同じくらいだ。
公共交通機関が苦手で、利用するとメンタルが削られる僕にとって、ロードバイクのほうが疲れない。それどころか有酸素運動によってメンタルが回復する。交通費もかからない。トレーニングにもなる。
色々と利点を挙げたけど、一番の理由はロードバイクに乗るのが楽しいからだ。東京を抜けるまでは車の交通量が多くて苦行だが、荒川サイクリングロードに入ると、道幅は広くなり、車もほとんど通らない楽園になる。心地よい風を切りながら、無心でぼーっとひたすら漕げる。これは至福の時間だ。もし退屈になったら喘ぐほど漕げば時速40kmを越えて世界が一瞬で緊迫感を帯びるものに変貌する。
季節によって、桜や彼岸花やひまわりが咲き乱れている中を進める。巨大堤防の上を延々と進んでいると、このまま地の果てまで行けるのではないかと錯覚する。それくらい関東平野はだだっ広く、いつまでも平坦だ。
それにしても自転車って乗り物として洗練されすぎてると思う。人間の脚の形状と脚力を最大限に生かして前に進めるように設計されている。漕ぐという動作によって効率的にエネルギーを生み出す。それによって速い速度で進める。自転車は工業的な芸術品だと思う。ひとりでの移動ならこれが究極なのではないかと思う。
僕がロードバイクにはまったのは十年ほど前だ。
端的に理由を述べると、トレイルランニングのクロストレーニングのために購入した。当時、トレランのレースによく出場するようになっていたが、怪我が絶えなかった。当時の柔な脚ではランニングの着地衝撃に耐えられなかった。全体的な筋力がそもそも足りていなかったのだ。
ランニングで主に使うハムストリングスやお尻などの脚の裏側の大きな筋肉は、自転車でも鍛えることができる。それに自転車は着地衝撃がないので怪我をしづらい。だからランニングの距離を減らしてとにかくロードバイクに乗って鍛えることにした。
ロードバイクを勧めてくれたのは十代の頃から付き合いがある同い歳の親友だった。彼は売れっ子のCGデザイナーだ。延々とデスクに座ってドラクエのTVCMやチェンソーマンのCGを製作していると運動不足で太りがちになり精神も病んでくる。だからロードバイクを趣味にして、半ば現実から逃避するようにひたすら走っていた。
彼に購入するバイクのアドバイスをもらう。ボディはアルミ以上、コンポは105以上などの条件に合致するものを購入した。キャノンデールのCAAD10というアルミのロードバイクで、当時20万円弱だったと思う。
当時住んでいた場所は荒川サイクリングロード(以下荒サイ)のすぐ近くだったので、サイクリング環境は最高だった。僕はロードバイクにはまり、海外ブランドのサイクルジャージを着て、ビブショーツを履き、ペダルはすぐにビンディングペダルに替えていた。靴とペダルが固定されるとペダリングの効率は上がるが、気をつけないと立ち転けする。僕は不器用なので暇さえあれば横転して生傷は絶えなかったが、楽しすぎて気にならなかった。
親友と荒サイを走りまくった。朝早くに朝霞の水門に集合して、引っ張り合いながら走る。一日に少なくとも100km以上は走っていたから身体は日に焼けて真っ黒だった。
僕らは10代後半にネットで知り合った。お互いに死ぬほどオタクのコミュ障で周囲になじめず、格闘ゲームの腕が異常で、テクノミュージックが好きだった。当時はふたりとも電子音楽のアーティストになりたかったけど才能は皆無で、僕はもの書きに、彼はCGデザイナーになっていた。
そんな文化系の僕らが中年になり、ロードバイクでトレインになって何百キロもサイクリングしているなんて想像できなかった。まるで遅れてきたおっさんの部活動だ。
僕らはあまり仕事の話はしなかった。
「ロードバイクのギアってすごいよね。インナーアウターそれぞれ6段とか意味分からなくなるんだけど」
「俺らのガキの頃、ギア付きの自転車流行ったべ」
「流行った流行った。7段ギアとかのやつ。なぜか変速機がフレームに付いてたよな」
「あれってなんだったんだ。今考えると片手運転になるしあぶねーよ」
「そそ、マジ受ける。車のギアとか特撮ロボットとかの影響なのかな」
そういうくだらない会話が最高に楽しかった。
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