ランニングエッセイVol.30「母との記憶」

インナーファクト ランニングエッセイ
ライター江西祥都によるランニングに関するエッセイのシリーズです。
月二回更新予定。

母との記憶

 朝起きて日課のランニングをしていたら着信があった。
 永年、癌を患っている母が救急車で病院へ搬送されたらしい。15km走り終えると実家へ帰ることにした。
 実家までは直線距離で40kmほどだ。大体ロードバイクで帰っている。電車やバスを乗り継いでいくより早いし、公共交通機関を利用すると精神が疲弊するからだ。
 ひたすらペダルを漕ぐ。東京の街中を20km走り、埼玉の荒川サイクリングロードに入る。サイクリングロードは街中と違って交通の注意をそれほど払わなくてもよく、考え事をするにうってつけだが、今回は最悪な事態ばかり想像してしまう。
 いよいよ迎えが来ているのかも知れない。
 実家に到着すると、隣の家の住民が話しかけてきた。今朝は救急車でお騒がせしてすみませんと謝まり、ロードバイクから車に乗り換えると搬送された病院へ向かう。
 緊急外来へ入り、医師に状態を聞く。軽い肺炎に罹っていて、このまま衰弱死する可能性は高いらしい。
 個室のベッドに母は寝ていた。
 痩せこけていて、骨に皮膚だけが貼り付いているように見える。長い髪は抗がん剤の影響からか、ほとんど抜け落ちている。本人は髪の毛を気にしていつもニット帽を被っているから今までこんな姿を見たことがなかった。いつも気丈でおしゃべりな母の面影は消え失せ、死の気配に覆われている。

 二週間ほど前にも僕は実家に帰っていた。近所のスーパーへ行くのも厳しくなっていた母の介護保険を申請していて、その立ち会いをするためだった。
 職員が来るまでまだ時間はある。
 母はおぼつかない足取りながらも家の前にある畑に出て芽キャベツなどの野菜を取ってきてシチューを作っている。危なっかしくて手伝いたくなるけど我慢する。牛肉を焼き、高菜漬けと白米を出してくれる。こうしていつも食べきれないほどご飯を用意してくれる。
 母とは性格が正反対でいつも口論が絶えないけど、この姿勢は見習っていて、僕も料理してひとに振る舞うのが好きになった。困難に直面しても、体力やメンタルが不調になっても、とりあえずお腹一杯になってから落ち着いて話し合えばいい。そうすれば前向きになれる。

 母がステージ4の癌になり、十年以上経つ。持ってあと一年と言われていたのによく頑張っている。
 全身に転移しまくる癌を都度順調に切除し、抗がん剤の相性も良かった。
 僕は、「とにかく歩け。歩けなくなったら衰弱して死ぬ。なるべく犬と散歩し、畑に出て、家事をしろ」と言い続けていて、母は律儀に守っていた。三頭いた犬はすべて老衰で死んでいるのに母はいまだにしぶとく生き延びていて笑ってしまう。
 でも、今考えると、若い頃からじっとしていられない活動的な母だから、そんなことを言いつけなくても勝手に動き回っていたかもしれない。
 つまり、僕のこういった考え方は紛れもなく母から受け継いだものなのだろう。

 買い物に行きたいらしい母を車に乗せてスーパーへ行く。
 杖を突いてようやくゆっくりと歩ける。後ろから見守りながら店内を歩く。
 買い物はやはり楽しいらしく、声のトーンは弾んでいる。好物を次々とカートのカゴに入れていく。これだけ食欲があるのだからしばらくは大丈夫だろうとこのときは思っていた。

 そんな母と一緒に運動をした憶えはほとんどない。
 思い出そうとする。
 一匹の玉虫の姿が浮かび上がる。吉兆の七色の虫だ。
 今から十五年以上前にハイキングをした記憶がよみがえる。
 その頃、母は父とよく山登りをしていたが、飽きてしまったのかやめていた。一方の僕はその頃、ランニングは始めていなかったが、よく寺社巡りをしていたので歩くことには慣れていた。
 どんな切っ掛けで一緒にいく流れになったのかは憶えていないが、母を車に乗せて、秩父札所32番、法性寺へ参拝した。
 駐車場に着き、車を降りて鐘楼門をくぐり、石段を登ると本堂があり、そこで御朱印をもらえる。大抵の参拝者はここで引き返すが、奥へ進み、山を登っていくと全長約200mの奇岩「お船岩」があり、その上に本尊である大日如来が鎮座している。
 本堂で参拝を済ますと、母と境内の奥へと進んでいく。
 岩を削った石段を登ると、岩窟に覆われた舞台造りの観音堂にたどり着く。岩窟の中の空気は冷えている。胎内くぐりになっているそこを通過して岩舟へ向かう。
 ここから道は険しくなる。
 山道は明瞭だが、片面は切り落ちている。母の足取りは遅れがちになっていた。この頃は還暦を過ぎていたし、山登りもしなくなっていたから体力が落ちていたのかもしれない。
 大きな岩壁のスラブが立ち塞がる。岩舟の本体だ。
 斜面に取り付き、鎖場を四つん這いで登っていく。ちょっとしたクライミングだ。母はなんとか着いてきていた。
 岩舟の短辺側を登り切る。視界が一気に開けて、涼しい風が吹き抜ける。
 なかなかの高度感で脚がすくむ。
 向こうの短辺側に大日如来像が見える。
 進む両側は崖になっている。足場は滑りやすい。腰を屈ませながら慎重に進んでいく。ようやく大日如来の銅像にたどり着く。
 母と一緒に手を合わせる。
 母は、しんどかったけどここまで来て良かったと笑顔を浮かべていた。
 一匹の虫が直ぐ近くに飛来した。
 大きな玉虫だった。陽光を受けて七色に光っている。


 それは大日如来が飛来した姿なんじゃないかと母と話した。
 玉虫を撮影していると、羽を広げて飛び立ち、空へと溶け込んでいった。

江西 祥都江西 祥都

江西 祥都

ゲームやCMの脚本家、小説家、ライターです。 引き籠もって執筆中にあまりのストレスで山に逃走。山でも走り続け、後にこれがトレイルランニングだと知る。 現実逃避をし続け、今ではフルマラソンサブ3、100マイルトレイルレース上位5%のリザルトに……。沢登りやクライミングもします。 ライティングの依頼がありましたらお気軽にお問い合わせください。

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