インナーファクト ランニングエッセイ
ライター江西祥都によるランニングに関するエッセイのシリーズです。
月二回更新予定。
ランニングで体力をつける
僕は連載でランニングのエッセイを書いてるくらいなのに外出するのが苦手だ。
できれば家にいたい。家で本を読んだり音楽を聴いたり映画を見たりゲームしているのが一番落ち着く。しっくりと馴染む。ここが僕の居場所だと思う。子どもの頃からそうで、まともに登校せず、1日10時間ぶっ続けでTVゲームをして親を呆れさせたりしていた。
外出すると、メンタルがすり減っていくのが分かる。身構えてしまって変に身体に力が入ってしまう。怒り肩なのもそのせいだろう。おかげで万年、酷い首凝りだ。
出かけているときに、ふと、「帰りたい」と思ってしまう。楽しいイベントのときでも例外ではない。こんなだからまともに登校できなかったのだろうし、会社勤めも無理だったのだろう。
僕は持病の二次障害で冬期うつを抱えている。寒くなり、日照時間が短くなると、メンタルが落ち込んでひたすら寝ることしかできなくなる。
このとき、自宅のベッドの中で「帰りたい……」と強く念じていることがある。これは笑い話なようだが、本人としてはいたって真面目だ。単純に、自宅でリラックスしてすごせているいつもの自分に帰りたいのだ。
外出するには強い決意がいる。精神がすり減るので、目的以外の行動ができない。
例えば、映画を観に行くとする。
家から出る。ここから体力と気力が減っていく。ドラクエなどのRPGゲームで毒のステータス異常を食らうと一歩歩くたびに「ガッ! ガッ! ガッ!」と効果音がして画面が赤くフラッシュして体力が減っていく。あのイメージだ。これが帰宅するまで続く。毒消し草なんていう便利な回復アイテムはない。だから早く用事を済ませて帰宅したくなる。
どうしてそんな状態なのに耐えられるかと言えば、10年以上ランニングを続けていて、山の中を160km走るレースを完走できるくらい体力があるからである。こうなると、「うわー、なんか体力減っていくわー。でも俺、体力ゲージ10万くらいあるからなー。わっはっは!」みたいに結構鷹揚に構えていられる。今ではその体力を生かし、走って映画を観に行っているくらいだ。
しかしランニングをしていなかった若い頃は、間違いなく地獄だった。体力、気力ゲージ共に少ないのにみるみる減っていく。生きた心地がしない。
こうなると、途中で喫茶店などに入ってコーヒーや軽食などを摂り、体力を回復させるしかない。しかし、僕は外出しているだけで緊張状態になり、メンタルも減っていく。つまり、目的をこなしたらどこにも寄らずに直帰するのが基本行動になってくる。
僕はこれが身体に染みついてしまっていて、無限のような体力を得た今でも、早く帰りたくて仕方がない衝動に駆られてしまう。メンタルを鍛えるのはなかなか難しい。やはりこの性質を変えるのは不可能で、体力を鍛えることでカバーするしかないのかもしれない。
僕がランニングを継続できているのは、「ジョギングをしていると勝手に上限体力ゲージが増えていく」という感覚を得ることができているからだ。
今でももちろんランニングするのは億劫で、体力は減っていく。しかし肉体は、一旦疲れさせてから回復させると、なぜか上限体力ゲージが増えていくという性質がある(憔悴するほどの疲れは回復を遅らせるからやめたほうがいい。適度な疲労が一番効率が良い。あくまで回復が重要だからだ)。
よく、僕のようなオタクや同業者で「体力を付けたいが運動は向いてない。疲れるからやりたくない」というひとがいる。疲れる行為をとにかく忌避してしまう。
一緒に行動すると、その最適化された動きに驚かされる。
「電車で移動する際に座れないなら一本遅らせる」「エレベーターの場所を感心するほど把握している」「エスカレーターに乗って階段に見向きもしない」「少し動いただけなのに喫茶店で休む」
数えだしたら切りがない。ある意味すごく省エネ効率がよく、感心してしまうが、体力は付かないし体重も増えてしまう。
疲れるのはまったく正常だ。休んでも良い。ただ疲れを忌避すると体力は向上しない。疲れても楽しいとか、心地が良い疲労というものがあるのでそれを見つけると続くと思う。 僕の場合は先述したように、「適度に疲れるとそのぶん上限体力ゲージが増えていくという感覚」だ。だから階段は率先して使っている。早く移動できるのも精神的なストレスがなくていい。
やはり体力を付けるには日課でランニングするのが一番いいのではないかと思う。
そうだ。なんとなく分かってきた。
僕は、やはりRPGで、「やることないから経験値稼ぎでもするか!」みたいな感覚で走っている。実際、時々開眼して明らかにレベルが上がり、パラメータが増えている感覚を伴う場合もある。これは正直言って快感になる。
「暇つぶしで鍛錬する」はメンタルを整理し、身体を強靱にしてくれる。
「スライム倒して300年、知らないうちにレベルMAXになってました」というライトノベル作品がある。主人公の魔女はタイトルどおり、異世界の高原で最弱のスライムをちまちま倒し続け、レベルMAXになって人々から慕われる。
この話を最初に読んだとき、現実でこれをやるとしたら、まさにランニングがうってつけだと思ったのを憶えている(あと付け足すとしたらスクワットだろうか。どちらにしろ足腰になる)。
この魔女は転生前の現代日本では、働き過ぎて過労死している。同じ轍を踏まないように「無理をしない」を心がけている。周囲にもそう接していて、その優しい生き方が伝播して、周囲を幸せにしている。この話は現代日本の生き方にも通じる寓話だ。
僕も無理をせず、ちまちまとランニングを続け、「走り続けて300年、知らないうちにランニング仙人になってました」を目指したい。そしていつまでも鷹揚に、周囲に対して機嫌よく生きたい。
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